「木村伊兵衛の秋田」を見て… 34歳の私のリアル

投稿日:2016-12-22 更新日:


こんにちは^^minaです。いよいよ子供達の冬休みがスタートしますね!(2016年12月現在) 雪国は関東に比べ、冬休み期間が長いので、どう過ごそうか、頭をかかえるお母さんたちも多いはず(笑)私と息子は、早速私の実家である秋田県に帰省しています。じいじに息子を見てもらい、私は束の間のお一人様時間を楽しんできました。なんと!現在秋田の美術館で木村伊兵衛コレクション展が開催されているということで、「絶対にこの機会を逃してはならない!」と思い、行ってきました。今回は、私の気持ちの変化を記録として残したい思い、記事を更新しました。

木村伊兵衛と秋田写真展美術館アトリオン入口

秋田駅前にあるアトリオン内、秋田市立千秋美術館。入場料300円。

 

 

木村伊兵衛とは

写真をはじめると必ず聞く名前、「木村伊兵衛(きむらいへい)」。お恥ずかしながら、私は去年初めて知りました。まずは木村伊兵衛さん(1901〜74(明治34〜昭和49)年)とは何者なのか…?からちょっとお話。

東京都出身 報道写真家、木村伊兵衛。商業学校を卒業後、台湾の砂糖会社に就職。その地の写真館で写真を学び、帰国後日暮里に写真館を開業されました。1950年「日本写真家協会」の初代会長となる。1956年第6回芸術選奨文部大臣賞を写真家として初めて受賞。他にも数々の賞を受賞、業界の先駆者として、戦前・戦後を通して活躍された日本を代表する写真家。お亡くなりになった後、1975年に朝日新聞社によって、日本の写真界の発展に対する貢献と業績を記念し、新人写真家を対象とする「木村伊兵衛賞」が創設されました。

 

木村伊兵衛賞とは

プロ・アマ・年齢を問わず、毎年雑誌や写真集、写真展などに発表された作品を対象とし、優れた成果を上げた新人に贈られる賞です。著名な写真家を数多く排出している事から、「写真界の芥川賞」と呼ばれることもありますよ!

2000年の第26回では、長島有里枝、蜷川実花、HIROMIXの若手女性写真家3名が同時受賞して話題を集めたそうです。のちの「ガーリーフォトグラフ」を作ったとのこと。2000年といえば、私は18歳。高校3年生で、反抗期が落ち着き(笑)大学受験にやっと本気を出し始めて毎日勉強をしていたせいか、8キロのダイエットに成功(笑)集中して勉強するとかなりのカロリーを消費するタイプみたいです。 当時の私は獣医学部を目指していました。結局大学には行かず、秋田の田舎から出たくて出たくて、動物看護やトリマーを目指す渋谷にある専門学校へ進学しました。まさか三十路から写真を仕事にするなんて、1ミリも想像していませんでした。

親にも世の中にも反抗し、大嫌いだった田舎の秋田が、こうやって日本を代表する写真家とゆかりがあることを数日前に知り、驚きと嬉しさで、期待に胸を膨らませ、美術館へ入りました。

木村伊兵衛と秋田写真展美術館

 

木村伊兵衛と秋田の関係

写真展の感想は後述するとして…。興奮冷めやらない私は、帰宅後、木村伊兵衛さんがなぜ秋田と縁があったのか、を調べることにしました。

1952年6月、秋田県総合美術展の写真部門の審査員として秋田を訪れた木村伊兵衛氏、当時51歳。審査が終わった後、地元のアマチュア写真家と共に、田植えの様子を見学。車窓から見た新緑の美しい秋田の農村風景を気に入ったようです。

それから約20年にわたって秋田の農村を撮影し続けました。情熱をもって取り組んだ「秋田」シリーズは木村伊兵衛の代表作として広く知られているとのこと。

本展では、当館が所蔵する「秋田」シリーズ全150点により、フィルム300本以上に及んだ木村の秋田取材の軌跡をたどります。休む間もなく働く女性、珍しそうにカメラの前に集まってくる子どもたち、農家の食卓の様子など、木村が豊かな眼差しを持って見つめた農村の人々の姿を通じて、過ぎ去りし日の秋田に思いをはせてみませんか。
(コレクション展パンフレットより)

 


こちらの本は2011年に出版。代表作品であるのに、え?なぜ今頃?と疑問が…。実は、生前、遂に写真集としてはまとめられることはなかったそう。昭和20〜30年代の秋田の農村と日本人を20年に渡って撮り続けた傑作を、お弟子さんが監修し最高の印刷で再現し写真集を出したようです。

ニコンのフォトクラブである「ニッコールクラブ」の会員に毎年写真集が配布されていたそうなのですが、『秋田』も当時の会員だけが手にできる非売品だったとのことです。

では、写真展の感想へ…。

木村伊兵衛と秋田写真展美術館入口

 

「私のふるさと秋田」の思い出

私の両親は秋田県出身で、私もザ秋田人なのですが、幼少期は父の仕事の関係で東京の幼稚園と小学校に通いました。なので、人格形成に影響を与える幼少期、秋田の記憶は長期休みにおじいちゃんおばあちゃんに会いに行くという程度。盆や正月に親戚が集まってご飯を食べたりお金をもらったりなど、まさに夏休み・冬休みの思い出日記に描かれるような感じです。

思春期を迎える頃は秋田に戻り、地元の学校に通いましたが、田舎が嫌で早く家を出たいという思いしかありませんでした。全く思い入れもない秋田のはずなのに…。写真展で動いた私のココロ。徐々に思い出す幼い頃の記憶。

木村伊兵衛と秋田パンフレット

パンフレットより

写真展では、男性だけではなく、めまぐるしく働く女性の姿もたくさん残されていました。このパンフレットの左上の《覆面の女・象潟 1952年》の写真。女性が黒い布で顔を隠し目だけが少し出ている状態。これを見てすぐに「あ!おばあちゃん!」と記憶が一瞬にして蘇る。私の祖母は黒ではなかったものの、手ぬぐいでこのスタイルで畑仕事をしていました。1952年というのは、私の両親が生まれるちょっと前。つまり、祖父母が結婚する前の青春真っ盛り&働き盛りの頃。

右上の美しい女性のアップ写真《おばこ・大曲 1953年》、秋田県民ならよく知っている写真です。ほら、秋田駅にもドド〜んと!秋田のポスターなどでもいたるところで目にする写真で、当時19歳だったらしいこちらの女性。若いのに品があり凛として力強い美しさ。秋田美人。この写真の前後も写っている実際のフイルムも残っていて、ガラスにギリギリまで顔をへばり付けて、何mmのレンズで撮影したのか想像しながら凝視する私。アングル、表情などちょっとした違い…。この距離で何十カットシャッターを押したのかな…モデルさんはどんな気持ちだったのかな、なども妄想しながら。

木村伊兵衛と秋田秋田駅

んだ。んだ。秋田。

赤ちゃんや子供たちの写真もたくさん展示されており、1960年頃の写真からは「うちの親が生まれた頃かな…」とおじちゃんおばあちゃんたちが父と母を育てながら、厳しい環境の中でどんな風に働き、心豊かに過ごしていたのか…ということに想像を膨らませました。

自分に一番驚いたことは、写真に写っている人々の顔が、親戚に見えてきたこと!撮影されていた大曲や横手といった場所は母と父、それぞれの実家の割と近くなので、もしかしたら親族が写っていてもおかしくはないと思いますが…。でも、東北の顔というか、秋田の人の顔って、やっぱり似ていて、もちろん私も秋田の血なので秋田っぽい顔をしているわけで。写っている人に対する親近感と祖父母への思いをはせているうちに、当時の秋田を知っているわけでもないのに「懐かしい」というワードが自分の中に出てきたことは不思議でなりませんでした。

古い家屋の写真も、「私が幼稚園入りたてくらい(記憶のギリギリ)、建て直す前のじいちゃんばあちゃん家ってこんな感じだった!」とか、「確か馬がいたような〜…。」「トイレに行くには、一回外に出なきゃいけなくて、薄暗くてボットン便所で、落ちないか怖くて怖くて、お尻がヒューヒュー寒くて…」とか、ひいおばあちゃんと縁側でお菓子食べたりしたこととか思い出したりしました。

 

木村伊兵衛氏の姿を見て…

また、当時の木村伊兵衛氏本人の秋田取材中の写真も展示されていました。勝手な想像ですが、木村伊兵衛ってなんかすごく怖い人ってイメージがありましたが、なんと温厚そうなおいたん!そして「だからか…」と気づいたことは。閉鎖的な文化と思われがちな秋田県民が、知らないよそ者に、普段通りの日々の生活を送る姿をありのまま見せ、家の中まで撮影させる…。【リアル】がそこにはありました。

「アサヒカメラ」という雑誌の当時の実物も展示があり、木村氏を取材しているページも拝見。ものすごい数のライカレンズ!これに関しても帰宅後、当時の物価や働く人たちの初任給とか、ライカのレンズやボディーがいくらだったのか…とか調べちゃいました^^;(笑)

木村伊兵衛と秋田パンフレット

 

写真家として…

現在私は、職業として写真に関する仕事をしていますが、生涯をかけたライフワークとして写真を撮り続けたいと思っています。自分で肩書きを名乗るのではなく、人から「minaは写真家だった」と言ってもらえるようになることが人生の目標です。写真と共に過ごす“わたし”はまだまだ始まったばかりで、勉強と修行の日々。このタイミングでこの写真展を見にこれたことは、写真人生の中の転機の一つになったことは間違いありません。木村伊兵衛という人物像を追う中で、アンリ・カルティエ=ブレッソン、ライカ、写真の歴史、故郷の歴史、そこに住んでいた人々の暮らし、自分の祖父母や両親が暮らす秋田への思いなどなど、技術以外の多くの学びと気づきを得ることができました。

わたしの写真の師もよく言う、「写真は生き様」という言葉の重みをひしひしとビシビシと心と体で感じる今日この頃。人の心を動かす写真を撮影するためには、まず自分の心が動いていなければ、それは伝わりません。最近の私は、カメラや写真の技術の習得だけではなく感動する心を鍛えるということを日々忘れずに毎日を過ごすよう意識しています。

 

2016年から2017年へ

写真をはじめるまでは、他人や景色に興味がなかった「感じない私」でしたし、その後独学でやっていた頃はただ機材を扱える人だったと思います。巨匠の人生、撮影された背景、カメラの歴史など知らなくても、現代はちょっとお金を出せば誰でも一眼レフを購入できますし、オート機能により勝手にピントを合わせてくれて、その場で写真が確認でき、シャッターを押せばそれなりの写真は撮れる…かもしれません。

もれなく私もフルサイズカメラを手にした時、カメラの性能や画質がいいことに、ただフルサイズを持っているということに、まるで自分が上手くなったように、今思えばうぬぼれだったと自覚しています。今はそれを笑って人に言えるようになりました(笑えないうちはまだまだ自分でそれを認めていない証拠かなと思うので)。商売をする人間は自分の弱みは絶対にお客様に見せてはいけないと思っていましたからね…。

2015年9月から“ちゃんと”写真を習いはじめ、かなりのお金を投資して揃えたcanonを全て手放し、小さなミラーレス一眼カメラと25mm単焦点レンズでモノクロを中心に撮影の練習を繰り返してきました。

2016年は、新しい私の写真人生0年目でした。お客様から依頼で希望通りの撮影をする、のではなく、写真の基礎を学び基本の撮り方で撮影し本名を伏せて作品を出しました。それが数点、購入されたり賞もいただきました。独学で一人で商売をしていた頃は、セルフブランディングに一生懸命で、写真を撮った“私”がいかに喜ばれているか、ということをブログやSNSでアピールするのに必死…。そうしなければ集客できないと思っていたからです。それが、こうやって顔や名前ではなく、写真で評価をいただけたということが、写真をやる人間として本当の喜びだと、私は思いました。

いいカメラを使えば、画質がいい写真は撮れますが、シャッターを押すのは人間です。写真を見るのも人間。ただ画質が綺麗な写真ではなく、五感を通して感じ心が動く写真が撮れるようになりたいと思っています。

この一年、写真を勉強することは嫌でも自分と向き合わなければならず、辛いこともありました。隠してきたドロドロした部分も認めざるを得なかったり、でも絶対に認めたくなくて反抗したり、プライドがズタボロになったり…。悔しくて悲しくて、ただただ過去の自分が恥ずかしくて、たくさん涙も流してきました。でもその経験があったからこそ、「今」の私があり、夢と希望を持ちながらこれからも生きる!と自分を信じる気持ちも持てるようになりました。

2017年からやっと1年生(笑)!息子もちょうど小学校入学!私は大人ですから、ただ365日を過ごすのではなく、1ヶ月で一年分くらいの成長ができるくらい、来年は「スピード」とより「成果を出す」ということを目指します。

  • うぬぼれない、おごらない、調子に乗らない
  • 自分で限界や枠を決めつけない
  • 世界の広さを知り、知らない事すら知らないという事実を受け入れる

これが2017年の…、というかこれからの私のテーマです。

 

…と34歳のminaは今こう思っています♡今回はかなり長ーく綴りましたが、将来読み返した時に、その時私が何を感じていたのか?を思い出すための記録としてブログに残しました。


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